「ピアノ曲全40曲 初演&収録大会」(2024816日 両国門天ホール)

開催報告、ならびに賞の発表

企画担当:川島素晴

 

JFCとして、いや、恐らく世界的にも初の企画となった、1日で一気に40曲ものピアノ曲(ただし3分以内)を、JFC理事でもある中川俊郎、篠田昌伸という、たった二人の演奏者により次々初演していくという無謀とも言える企画でしたが、40曲の枠に71曲もの応募を得ました。

JFC会員、非会員の別を問わずに公募するというのもJFC企画としては珍しいのですが、選考に於いてはそのことを一切忖度せずに、お二人にまず、「ご自分が弾きたい曲」という観点で推し20曲、及び次点10曲を選んで頂きました。推しの中で重複した曲の分担を決め、全体で40曲に届かない分をそれぞれ次点から補充する形で20曲ずつの演奏曲が選ばれましたが、当日立ち会えなくなった等の理由で辞退もありましたので微調整を行い、最終的に全40曲が決定しました。(惜しくも選に漏れたものの中にも、とてもすばらしい作品が多々ありました。優劣の判断ということではなく、演奏者の趣味に依るものとお考え下さい。)

816日、当日はよもや台風直撃か?という予報もあって交通機関が麻痺し、「作曲者は必ず立ち会うこと」としていたものの、主として遠方の方々に止むを得ず欠席となってしまった方も数名おられましたが、こればかりは仕方ありません。蓋を開けば当初の予報よりだいぶ東に逸れて、近郊エリアには甚大な影響もなく、つつがなく企画遂行が叶いました。(とはいえ「不要不急の外出はお控えを!」と煽られましたので入場予定者のキャンセルは相次ぎました。)

 会場を両国門天ホールにしたのは内部奏法やプリパレーションを可としたかったためです。そうした奏法を含む作品等、準備に手間がかかりそうなものを全5部の冒頭に据えました。(そのせいで演奏者お二人の休憩時間はだいぶ短くなっていたように思いますが・・・。)その他の曲順は、内容のハードさ、ピアノへの負担等、様々な観点からほぼ自動的に確定していきました。スタイル不問ということで様々な楽想のものが並びましたので、そういう意味での「並び」も、もちろん配慮しております。(曲順は企画者である私が決めました。)

公開収録会という形式も初の試みでした。お一人10分の枠で2回は必ず通し演奏をする、その合間に作曲者と演奏者のやりとりを現場で行う、という形です。結果的に、とても良い雰囲気で、充実した内容になったのではないかと自負しております。

40曲、いずれも秀作が揃ったと思います。企画者である私は全てに立ち会いましたが、全く飽きることなく11時から始まり終演した21時前までの約10時間、とても充実した体験ができました。JFC理事であるために無茶ぶりされてしまった演奏者のお二人にとってはとても過酷な内容だったと思いますが、終わってみればお二人とも「楽しかった」とおっしゃって下さいましたし、それは演奏内容や作曲家とのやりとりにもあらわれていたように思います。

 

 さて、今回は更に、演奏者お二人、並びに企画者である私から、それぞれ賞をお出しするということが加味されているという点もまた、初の試みでした。謹んでここに発表させて頂きます。

 各賞それぞれ、選者からのコメントも添えております。

 

 

<中川俊郎賞>

 

◆永野聡《かすみ立つ野のへのかたに行きしかば》

 

主旋律及びその背景のテクスチャーが、すべて pizzicato(いわゆるハープのように、ピアノ線を直接指ではじいたり、指先で左右にサワサワと撫でて繊細な音を出す)で提示される、しかもそれがソステヌートペダルでダンパーを上げた状態(ハーモニクス)で、低音弦の神秘的な共鳴を誘い、そこへさらに鍵盤上で普通に弾かれる音(ここでもデリケートに弱音ペダルの指示がある)が、節約した手法で挿入される。音の背景、空気感において類をみないユニークな手法である。その徹底ぶりからしかし、立ち昇ってくるのは、決して晦渋ではない文学的な内容である。そうした幾重にも重複されたユニークさと内包される「自然への敬意」とのバランスの妙を、評価した。

 

他にも別な意味でエクリチュール(書法)において 武野晴久《こだまする唄》に注目した。おちゃらかおちゃらかおちゃらかホイ、というよく知られたわらべ唄を一節毎に、次々変奏していく、その音選びは、精緻でありながら今までどこでも耳にしたことがない(!)オリジナルなものであった。弾いていても生理的に楽しいものであった。

松平敬《珊瑚礁》はごく普通の3和音と5度を積み重ねた和音、あるいはそれらどうしをさらに積み重ねた和音との交代を素材として用い、それらの間に生じる一種の違和感(垂直的にも水平的にも)を逆利用しながら、滑らかなフレーズを作り上げ、コラールとその変奏曲に隙間なく仕上げていた。

滝川小晴《ノット・オンリー・オン・ザ・キーボード》は、湯浅譲二の《オン・ザ・キーボード》のパロディーだけに終わってはいなく、構造に関する新しい展望が見られる(湯浅作品を知らない人が純粋に聴いたら、どうなるだろうか?)。

竹内淳《正義の味方「マ・マン」がやってきた!》は単なる子供用の曲ではない。一筋縄では行かない。これはあえて言及しておいて良いことだ。 

私が弾いた作品はこの他も、いずれも、僭越ながら優れた、あるいは「多くの可能性を持つ人の手になる作品」と私が評価したものばかりである。ピアニストとしての私がそれらに立ち向かうことによって、私が逆に厳しく試されることになった。そのことに感謝を(幾許かのお詫びも込めて...)述べさせていただきたいと思う。

(あと余計なことですが、篠田さんが担当された曲で個人的に興味深かったのは、中本芽久美《エチュードモノローグ  Ⅰ  ピアノのための》でした。類を見ない、しかし必然的な音の選択、豊かさと簡潔さのバランスの妙。)

 

 

<篠田昌伸賞>

 

◆山邊光二《トレッドミル・エクササイズ

 

山邊作品は、コンセプトの明確さと、そこから多様な音を引き出していた点が、頭一つ抜けている感があり、曲のスタイルも私の好みであったことから、選ばせていただきました。

 

他にも、白井妙佳《金木犀〜独奏ピアノのための〜》、浦野真珠《36のまっすぐな視線》、馬渕燿平《レッド・ドット・トレース》は、3分という時間に、様々な要素を入れ込みつつ、完成度が高かったように感じました。

また伝統的、といいますか、一般的なピアノ曲というところでは、浅香満《即興曲》、森山至貴《ショーテンド》、松尾賢志郎《月虹のロマンス》も個人的には弾きがいもあり、好きな作品でした。

勿論、僕が担当させていただいた曲はどれも興味深く、ピアノ曲というジャンルの可能
性を拡げて頂いていたと思います。素敵な作品をありがとうございました。

 

 

<川島素晴賞>

 

◆西森太一《閉じ込められた音》

 

 たった一つのG#の鍵盤を、あの手この手で弾いていく内容が主となっています。この曲は内部奏法などを含まないのですが、毎小節異なる「鍵盤の弾き方」についてのインストラクションや、(後述する引用楽曲と関係のある)発想標語が施され、中川さんのパフォーマンスはその無理難題に見事な解釈で臨まれました。あんまり書くとネタバレになりますが、コーダの部分では、G#を含むかの有名な和音の残響が響き、そしてその楽曲の進行を示唆して(解決しきらずに)終わります。基本的なピアノに対する徹底的なアプローチのアイデアと、それがコーダで引用に繋がる伏線だったとわかる秀逸な構成となっております。パフォーマンスも含めて、最も私の趣味に適合した作品でした。

 

 他に、中川、篠田ご両名が挙げていないものの中では、中村陽太《立ち昇り、隠されるもの》、岩島大《くらすたっ!》、塘英純《『ピアノのための3つのフラクタル』より第2番》、金ヨハン《空間と空間の間の空間》が、それぞれ、3分以内の中にオリジナルなアイデアによる緻密なエクリチュールを展開しておられてすばらしかったです。

 加藤新平《抵抗歌》は前半の内容から、もう少し違う後半に繋がるとより好感を持てたかもしれません。溝上空弥《上昇》は左手ピアノの作品と考えても全く独創的なアイデアに感心しましたが、もう少し異なる書法でのリアリゼーションを聴いてみたいです。

 ・・・と、この調子で全てに言及すると膨大な原稿になりますのでここまでとしますが、その他の作品も全てが、これからも弾かれるべきレパートリーとして充実した内容になっていたと思います。

 JFCが毎年開催している「こどもたちへ」という企画もまた、短いピアノ曲という点では共通しておりますが、やはり「子ども用」という制約が解放されると、ここまで違った表現世界になるのだな、そしてそれは本格的なコンサート用レパートリーの創出に繋がっている、ということを確信しました。今後もこのような企画を実行してまいりたいと思いますので、ご期待下さい。

 

 

 なお、今回は「収録大会」ということになっております。収録した映像のうち、JFC会員のものはJFC公式アカウントにて公開されます。(非会員のものの公開については各自にお任せしております。)

 

台風の影響でご来場が叶わなかった皆様、さすがに全部に参加するのは諦めたという皆様、動画公開をお楽しみに!

 

 

 

「ピアノ曲全40曲 初演&収録大会」

 

2024年8月16日(金)

両国門天ホール

                    作曲家略歴はこちら

1部 11:001230

高橋未央   プリペアドピアノとスーパーボールのための断片 N

壺井一歩   タダノトッキ S

白井妙佳   金木犀~独奏ピアノのための~ S

加藤新平   抵抗歌 S 

西森太一   閉じ込められた音 N

小西奈雅子     森で N

竹内淳    正義の味方「マ・マン」がやってきた! N

溝上空弥   上昇 S

橋本和也   カール・アンドレのために S

 

2部 13:3015:00   

小寺未知留  ピアノと逆再生音のための Distorted Mirror S

松平敬    珊瑚礁 N                         

若林出帆   Étude pour les mains composés N

杉本能    ピアノ曲Ⅳ N

豊住竜志   「やまびこ」・・・ピアノのための S

斉芸琨    モーツァルトのピアノ協奏曲第20KV4663楽章のためのカデンツァ S

浅香満    即興曲 S

川原光太郎  イン・ザ・フリージング・ハーバー N

島田萌    日日是好日Ⅰ  N

   

3部 15:3017:00

滝川小晴   ノット・オンリー・オン・ザ・キーボード N

松尾賢志郎  月虹のロマンス  S

吉田優歌   坂道半ば、座り込み遠吠えする虚は S

森山至貴   ショーテンド  S

遠山苺    おもちゃ箱  N

渡部瑞基   z.B.2020      N

中村陽太   立ち昇り、隠されるもの N

海老原太    Le jeu des périodicités pour piano S

岩島大    くらすたっ! S

 

4部 18:0019:00

福井希    狂言のシャコンヌ 貴入之伝  S

柴田誠太郎  ぴっこりちゃん N

山本準    サマー・レイン~ ピアノ独奏のための N

浦野真珠   36のまっすぐな視線 S

馬渕耀平   レッド・ドット・トレース S

塘英純    『ピアノのための3つのフラクタル』より第2番 N

 

5部 19:3020:40

永野聡    かすみ立つ野のへのかたに行きしかば N

白岩優拓   ピアノのための小組曲「Hand in Hand」Ⅱ S

中本芽久美  エチュード モノローグ I ピアノのための S

鈴木豊乃   梅が香  N

武野晴久   こだまする唄   N

山邊光二   Treadmill Exercise S

金ヨハン   空間と空間の間の空間 N

 

             S=篠田昌伸演奏  N=中川俊郎演奏

 

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